2015年 01月 26日
京都 無鄰菴
無鄰菴(むりんあん)は、明治27年(1894)から明治29年(1896)にかけて明治・大正の元老である
山県有朋(やまがた ありとも)が京都に造営した別荘です。
その名は、有朋が長州(山口県)に建てた草庵が隣家のない閑静な場所であったことから名付けられたといいます。
昭和16年(1941)に京都市に寄贈されました。

庭園(国の名勝)は、有朋自らの設計・監督により、平安神宮の庭園を手がけたことでも有名な
名造園家、小川治兵衛が作庭したもので、ゆるやかな傾斜地に東山を借景とし、疏水の水をとり入れ
三段の滝、池、芝生を配した池泉廻遊式庭園です。
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建物は、簡素な木造2階建の母屋、藪内流燕庵(えんなん)を模してつくられた茶室及び、
煉瓦造2階建ての洋館の三つからなります。
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洋館は明治36年(1903)元老・山県有朋、政友会総裁・伊藤博文、総理大臣・桂太郎、外務大臣・小村寿太郎の4人によって
日露開戦直前のわが国外交方針を決める「無鄰菴会議」が行われた場所として知られています。
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α7
Sonnar T* FE 35mm F2.8 ZA SEL35F28Z

α55
APO 50-150mm F2.8 II EX DC HSM

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by zero-fact | 2015-01-26 07:15 | おでかけ


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